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日本の掃除の歴史(概略)

 外国人が日本に感じることの多くに「日本の街中はキレイだ」ということがあげられます。道端はもちろん、駅や電車の中、公共施設が常にキレイに保たれていると感じるそうです。ここで面白いのは、日本人の感覚では「そうでもないよ!」という意見もあるということ。どうしてこの感覚の差が生まれたのか、まずは歴史を紐解くことから始めてみたいと思います。

    

縄文時代から掃除をしていた?

 約1万6千年前の縄文時代にも掃除の文化があったのではないかという証拠が残されています。

 縄文時代の貝塚から糞石(大便が化石になったもの)が出土され、生活の場に隣接している貝塚やごみ溜めの付近を、トイレ代わりに使っていたのではないかと推察されるのです。ごみをひと所に集め、身の回りをきれいにするという掃除の文化は、古くから日本にあったのだろうと思われます。
 また、縄文時代の遺跡で、新品・壊れていない土器のまとまった多量廃棄というのがあるそうです。日本人は縄文時代から大掃除をやっていたのかもしれませんね。
 また、3割以上の縄文人が65才以上まで生きており、長生きだったことが証明されています。高温多湿の日本において、不衛生な竪穴式住居にて長生きができたのは、身の回りをキレイに衛生的に保つために掃除をしていたことが考えられるのです。

     

奈良時代 ~古事記と掃除~

 日本最古の歴史書・文学書である古事記(712年)に、掃除の記録が残されています。その一節がこちら。

「天若日子(あまわかひこ)の死後、その妻の下照比賈(しもてるひめ)が喪屋(もや)を建てて、鷺(さぎ)を掃持(はきもち)した」

 これは箒(ほうき)で掃き出し喪屋を綺麗にすることで、死霊が再び家に帰ってこないようにという儀式なのだそうです。(ちなみに鷺が出て来るのは、これらは古代の鳥霊信仰にもとづくものとされています)

      

平安時代 ~神事と清掃、大掃除の始まり~

 平安時代、掃除というものはきれいにするという意味とともに、神事の意味合いも持っていました。
 いまでも、箒で掃くことを「掃き清める」という人がいますが、この清めるという行為こそが、悪霊や悪い神様を追い払うという意味なんですね。
ですから、箒という掃除道具が、まるで神器のように扱われてもいたのです。

 また、年末大掃除は平安時代から宗教的な儀式として根付いたといわれ、それ以来現在まで続く欠かすことのできない年中行事なのです。当時はすす払いといわれ、新年になると神様がお家まで幸福を運んでくれると言われていたことから、気持ちよく神様をお迎えするための行事だったのですね。

      

鎌倉時代 ~修行としての掃除~

 鎌倉時代の絵図を見ると、現在のものと変わらない形のほうき、ちりとり、ぞうきんなどが広く使われていたようすがわかります。
 禅宗が中国から伝わり、各地の寺で、修行の一環として掃除が励行されるようになりました。「一掃除 二座禅 三看経(かんきん)」と言われるほど、禅寺での生活は「なにはさておきまず掃除から」が基本となっています。

      

戦国時代 ~合戦後の戦場の掃除~

 このころになると、各将軍家ごとの個性が強く表れ、これといったものはなかったようですね。キレイに清掃・整理整頓ができていた軍もあれば、きったなぁい軍もあったでしょうね。それは現代の会社と同じような気がします。

 ただ戦場においては、合戦後にきちんと掃除をしていたようです。
負け軍は敗走してしまっているので、勝ち軍が戦場の掃除をします。
理由はいくつかあり、敵方の正確な損害を確認したり、刀などの戦利品の没収したりしていたようですね。この掃除の最中は、敵は例えかたき討ちで戻ってきたとしても、襲撃しないのが暗黙の決まりだったようです。

      

江戸時代 ~世界初のエコシステム~

 江戸時代の日本は、欧米と比べてリサイクルシステムが優れており、世界を見渡しても圧倒的にきれいな国でした。
 現代と違う点は、「ゴミ問題・環境問題」を解決するためのリサイクルではなく、鎖国政策により資源の出入りがなく、様々な工夫を凝らして再生可能な資源を最大限活用する必要があったのです。
 特に江戸の町は、世界最高レベルの繁栄を極めていながら、世界初のエコタウンとして循環型社会を築いていました。
 太陽の恵みと植物を利用して、ほぼすべての物質とエネルギーを生み出し、衣食住のほぼ全てで、リサイクルとリユースが行われていました。壊れたものを修理することはもちろん、燃やされた後に出る灰を肥料にしたり、し尿も肥料にしていました。他にもはき掃除をした後のごみの中から髪の毛をより集めてカツラ屋さんに売ってみたり、紙くずを集めて漉き直して再利用したり、武家屋敷や寺社仏閣の溶けたろうを集めてろうそくを作り直したりと、どんなものでも再利用されていたのです。そしてそのすべてが、商売として成り立っていたという点も驚かされますよね。
 また、商家の丁稚さんが最初に習うことは、何よりもまず掃除。どんな商売であっても、もっとも大切なことはキレイに掃除するということだったのでしょう。
民衆に大掃除の文化が根付いたのも江戸時代からでした。

    

明治時代 ~掃除の法律化~

 1899年になると、掃除についての法律が制定されます。
「汚物掃除法」です。
その背景には、幾度も発生したコレラの大流行などがありました。多い都市では東京だけで4万人もの死者が出たそうです。このころから日本とウィルスとの戦いは始まっていたのですね。
 このことを受け、明治政府と東京府は「公衆衛生」確立の重要性を痛感し、近代衛生行政の整備を加速することになるのです。
 この法律、その第一条において
「汚物掃除法ニ依リ掃除スヘキ汚物ハ塵芥汚泥汚水及糞尿トス」
と、法律で掃除すべき汚物とその汚物についての種類が明示されるほど厳格な法律でした。これにより公衆衛生を守るのは国民の意識や文化としてではなく、国家が管理するという考え方に変わっていったのです。

     

近代日本 ~清掃道具の機械化~

 関東大震災や戦争といった厳しい時代を乗り越えた日本。
戦後、高度成長と使い捨て意識の浸透によりごみ総量、一人当たりのごみ量が飛躍的に増大し、それまでの処理システムでは対応できなくなります。そこで再利用=リサイクルが再浮上し、経済的動機よりも環境問題への対応としての循環型社会への一歩を踏み出すのです。

   

掃除は日本人の文化であり心である

 ざっと、書いてしまいましたが、縄文時代から始まった清掃の歴史。日本人のキレイ好きは歴史に裏付けられた国民性であることがわかります。たんなるキレイ好きということではなさそうです。

掃除をすると環境が変わります。環境が変われば心が変わります。心が変われば世界が変わります。

日本人の文化と精神に根付いた、世界に誇れる掃除は後世にもしっかりと伝えていかなければなりませんね。

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